このほど三段峡ダムの建設に伴い張飛廟は移設された。 ロウ中で部下の范疆、張達(はんかい・ちょうたつ)の二人の部下に殺された張飛の首が、郭陵江に投げ捨てられ流れ着いた場所、。またその後、呉へ寝返った二人から差し出された首が、呉の孫権(そんけん)から送り届けられこの地に廟を作った場所ともいわれている。
以前あった場所はダムの下に沈み、過去観光船で三峡下りを楽しんで船上から廟をながめ、壁面の文字を見上げることは今はできなくなった。