鐘楼は北京市東城区の地安門外大街に位置し﹑鼓楼の北の約100m余の所にあります。そして﹑昔の北京の中軸線の北端でした。鐘楼は鼓楼と一緒に、南側の景山と遠くから呼応して、互いに借景するので、北京の都市配置計画を研究するのに重要な物件です。
歴史
鐘楼のもともとの場所は元の時代の万寧寺の中心閣でした。明の永楽18年(1420年)に建てられ始めましたが﹑のちに火に火事で焼失されました。清の乾隆10年(1745年)再建され﹑乾隆12年に竣工しました。
建築
鐘楼の敷地面積は約6000平方メートルです。全体の高さは47.95メートルです。一階の土台の回りにすべて通用門があります。内部は75階の石階段が設けられ﹑二階の主楼に上がることができます。主楼の広さは三つの部屋にあたり﹑上の方は黒色の瑠璃瓦と緑のへりが屋根を覆われます。四つの方向に通用門(小さくて丸い門)が一つずつあります。その門の左右に石彫りの窓があり﹑回りに防護柵が囲まれています。
銅鐘
鐘楼の真中に八角形の棚が立っていて﹑「大明永楽吉日」という字が刻まれた大きな銅鐘が吊り下げられてあります。鐘の高さが7.02メートル﹑直径が3.4メートル﹑重さが63トン﹑厚さが27センチメートルです。その鐘は中国で現存する体積が最大で、一番重い古代の銅鐘です。「鐘王」とも呼ばれています。
鐘の音は遠く響いて、過去の高層ビルがなかった時代には、その音が数十里まで(里:長さの単位,1里は500メートルです)響き渡りました。最初、鐘楼内部に揚げたのはこの鐘ではなく、同じ永楽年間に作られた大きな鉄の鐘でした。音質がよくないためその後この銅の鐘に変えました。一方、もとの鉄の鐘は壁際に置かれ、1983年に大鐘寺の古鐘博物館に収蔵されました。