200年 - 急死した兄孫策から後継者に指名され、19歳で家督を継ぎ、江東一帯の主となる。 208年 - 曹操に大軍で攻められ家臣には降伏を奨められるも劉備と同盟し、赤壁の戦いに勝利する。 209年 - 妹を劉備に嫁がせる。 212年 - 本拠地を会稽から秣陵に移し、建業と改名。石頭城を改装 215年 - 合肥の戦い 魏の最前線合肥を攻めるが、逆に曹軍の武将、張遼に討ち取られる寸前まで追い詰められ辛うじて逃げのびる。 216年 - 濡須口の戦い 前年の合肥の戦いの勝利によって魏軍侵攻するも、これを食い止める。 219年 - 劉備と手を切って曹操と同盟を組み、関羽を討ち取って悲願であった荊州の奪取に成功。 222年 - 劉備を夷陵の戦いで破る。同年魏から呉王に封ぜられ、「黄武」の元号を立てて、呉を建国する。 229年 - 皇帝に即位。 233年 - 公孫淵に九錫を賜り、燕王に封じる。しかし使者の張弥と許晏を殺され、その首は魏に送られた。 250年 - 二宮事件(孫和派と孫覇派の家督争い)を決着させる。 252年 - 71歳で死去。