歴史書と物語の違い

三国志は名前の通り、魏・呉・蜀の三国の興亡を中心とする筋とし、三国の名を冠する作品は歴史書であれ物語であれ、そこに違いはない。

ただし、内容を大別すると、陳寿の歴史書は撰者の陳寿が魏から皇位を禅譲されて成立した晋に仕える人物であったことから、魏が後漢を継承した正統王朝であり、正統な皇帝が支配する王朝は魏のみであったとする立場にあり、『三国演義』をはじめとする物語の多くは、朱子学的な血統による正統の継承を重んじる意識から、漢の皇室劉氏の血を引く者が皇帝として支配した蜀こそが後漢の正統な後継者であるとする。このような違いから、これらは同じ事実に対してもまったく反対の解釈をとっていることがある。(もっとも、陳寿は蜀漢の遺臣なので、可能な限り故国を尊重しようとしている。たとえば、劉備が皇帝となったときの臣下の上奏文は載録しているのに、正統のはずの曹丕の臣下の上奏文は無視している。また、劉備を「先主」と呼び、皇帝として扱ってはいないが、諱(本名)で呼ばないことによって、本名名指しの呉の君主と差をつけているなど。従って、陳寿の本心はむしろ『三国演義』に近いと見ることもできる)

一般に『三国志』として理解されている『三国演義』の逸話の多くは、講談や小説の作者の創作を盛り込んだ物語を含み、これを歴史事実として受け取ることはできない。ただし、正史と言っても『三国志』はあくまで選者によって取捨選択されて執筆された歴史書であり、三国時代の歴史事実をそのまま誤りなく写し取ったものではなく、歴史を描き出した作品のひとつに過ぎないことも事実である。ただし、それは歴史書としては常識であり、ことさら『三国志』のみを低く評価してはならないことも、考慮に入れる必要があるだろう。