養心殿
明代の嘉靖16年(1537)に建てられ、清代の雍正年間に改築された。建物自身は「工」字形建築物で、二つの宮殿からなっている。雍正年間に皇帝の寝室は後ろの宮殿に移され、前の宮殿は皇帝が日常の政務を執り、臣下に会見する場所となった。
養心殿の西の間(西暖閣)は皇帝が役人の上奏文書を決裁し、「殿試」の試験答案を審査、閲覧する場所だった。また、軍機大臣を召見し、軍政の実務について相談するのにも使われた。
養心殿の東の間(東暖閣)は、同治、光緒年間に慈禧皇太后(西太后)が慈安皇太后と共に「垂簾の政」した場所である。宣統3年(1911)辛亥革命の際、溥儀がここで「御前会議」を開き、退位を決めた。
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