乾清宮
明代の永楽18年(1420)に創建され、清代の嘉慶3年(1798)に再建された。
明代から清代の康熙年間まで皇帝がここに住み、日常の政務を執っていた。清代の雍正帝が即位し、寝宮を養心殿に移してから、乾清宮は内廷式典を行ない、皇帝が臣下や外国使節に会見する場所となった。
雍正帝の時代以来、皇帝が後継者を指名する方法として「太子密建の法」が定められた。その方法とは、皇位後継者の名前を記した詔書を匣に納め、乾清宮の中の「正大光明」の扁額の後ろに置き、皇帝崩御の後、匣が開けられ、指名された皇子が皇帝の位に即くというものだった。
清代には皇帝が崩御すると、暫くの間、棺はこの宮殿に安置され、弔いの儀式が行われた。棺はそののち、景山の観徳殿に移され、正式な葬式が行われ、皇室の墓地に葬られた。
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